河合果樹園 河合浩樹さん(2018.08.01)
GEN‐B “げんび〜”は、食いしんぼうという意味の三河弁。地元っ子の中には、いじきたない、いやしい、などと叱られた時に言われたという話も聞く。しかし古今東西、いやしんぼうとは、言い換えれば「好奇心のカタマリ」でもあり、ゆえに普通はあまり興味を持たれないものに食指が動いたり、「もっと良いものがあるんじゃないか」と探求に走ったりする趣向がある。それが農業や工業などの生産者であれば、「だれもやらなかったこと」に果敢にチャレンジし、画期的な発明や開発として実を結ばせるイノベーターにも成り得る。
愛知県豊橋市で、高品質の無農薬レモン・みかん栽培を手がける『河合果樹園』代表・河合浩樹さんも、そのひとり。
昨今こそ皮ごと安心して食べられる国産レモンが普及しつつあるが、今から25年以上前には難しいとされていた無農薬栽培にチャレンジ。失敗をバネに、経験を糧に、5年の歳月をかけて完全無農薬(化学農薬、有機農薬不使用)栽培に成功した。
「レモンは抗酸化力に優れたエリオシトリン、ビタミンCの効果を高めるヘスペリジンやリモネン、シトラールなど、皮に多くの栄養素が含まれているんです」と河合さん。皮ごと安心して食べてもらえるよう、無農薬栽培で味のいい“理想のレモン”を追い求め、研究を重ねたという。
品質安定化のため、地植えではなく鉢を使用したボックス栽培を採用。害虫天敵など昆虫の生態やEM菌発酵等を活用した河合さんの栽培法は、実にドラスティックかつユニークだ。さらにレモンを冷凍して皮ごとすりおろして食べるという提案が、「豊橋方式」として全国放送で紹介されると、たちまち大きな話題となった。これまでに200以上の取材を受け、現在も全国からの視察が絶えない。
「一口に無農薬、減農薬と言っても、それをすればいいという単純な技術でなし得るものではありません。私が生産者として安全性の明確化や雑草や虫、栄養素について説明できるのは、日々自然と向き合い、自分で試行錯誤、研究を繰り返し学び取ってきたことだから。それが安全かつおいしいレモンづくりの証でもあると自負しています」。
河合果樹園の安全、環境保全に対する取り組みが認められ、平成15年度、第5回全国果樹技術・経営コンクールにて農林水産省生産局長賞、平成20年度、第14回全国環境保全型農業推進コンクールにて農林水産大臣賞、平成27年度、第43回毎日農業記録賞優秀賞を受賞。そうした実績を礎に、インターネット販売や著書を通じて、自ら販売力・発信力の強化にも努めてきた。
河合さんは現在、豊橋の食農文化を創出する生産者団体『豊橋百儂人』の顧問を務め、農業者の地位向上をめざした取り組みにも積極的に関わっている。
四季咲きの性質を利用し、通常では難しいと言われる9月〜4月までの長期出荷を実現した河合さんのレモン。時期ごとに変化する味わいも魅力のひとつだ。
9 〜12月 | 青い状態でフレッシュな香りを楽しめる「グリーンレモン」。抗アレルギー成分のヘスペリジンを多く含む。 |
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1 〜 4月 | 黄色く色づいた完熟レモンで、甘味を感じる「フルーツレモン」。通常より2〜3ヶ月長く木に成らせることで、皮が柔らかく果汁が豊富に。 |
そして、河合果樹園の名を全国に広めたもうひとつの品種が、「無農薬レモネーディア」。昭和40年代には「酸っぱくない」と見向きもされなかった品種を、河合果樹園の無農薬技術で復刻。手でむけるほどやわらかい皮は、香りがとてもよく、通常のレモンより酸味がやわらかいと、ネット販売でもたちまち人気商品となった。
河合さんの好奇心は、農業生産者の域にとどまることなく、さらなる夢づくりへと発展。
「無農薬レモンを少しでも多くの人に味わってもらいたいと、レモネードやマーマレードに加工し、〈初恋レモン〉としてブランド展開したことがきっかけで、近年は地元の福祉施設や飲食店とのコラボによるパンやスイーツ、餃子やサンドイッチなども誕生しました。それらの予想以上の反響に手応えを感じ、農薬不使用の付加価値の高いレモンを加工することにより、豊橋ブランドとして地域活性化をめざそうと、2008年に〈初恋レモンプロジェクト〉を立ち上げるに至りました」。
発足から、2018年で10周年。豊橋市内の福祉法人、ホテル、飲食業、まちづくりNPOなど、異業種と連携することで、世界でたったひとつの〈初恋レモン〉を幹にさまざまな商品やネットワークが生まれ、豊橋を元気にする枝葉へと広がりつつある。
「無農薬レモンの栽培に取り組み始めてから、奇蹟とも言える様々な出会いがありました。初恋レモンのロゴデザインにも、そうした奇蹟への感謝と可能性が細やかにこめられています。河合果樹園の無農薬農業を象徴するこのナナホシテントウのメッセージが、より多くの皆さんに届くよう精進を重ねていきます」。
初恋レモンのラベルを誇らしげに指差し語る河合さんの傍には、可憐なレモンの花々が風にやさしく揺れていた。
「人生が檸檬をくれたなら レモネードを作る努力をしよう」(デール・カーネギー)