書家 渡部裕子(2023.11.13)
写真提供:渡部裕子
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年末商戦、食品売り場はいつもに増して大賑わいとなるシーズン。ケの食卓はちくわやおでんだねが人気ですが、お歳暮や年越し蕎麦〜ハレのお正月「おせち料理」となると、やっぱり蒲鉾!“素材よし味よし”はもちろんのこと、パッケージにも贈答としても喜ばれる“べっぴん(別品)”さが求められます。
2022年11月から、ヤマサちくわの蒲鉾商品のパッケージが新しくなったのをご存知でしたか?紅白4シリーズの商品名・ロゴが、「玄」「慶」「眞」「匠」の一文字の書に一新して1周年を迎えました。
ヤマサちくわでは、これまでも手書きのオリジナル書ロゴを起用、多くは同社ゆかりの書道家の方の筆によるものでした。豊橋は国指定伝統的工芸品「豊橋筆」の産地であり、東三河は昔から書道が盛んな地域。そんな地元の文化を大切に伝え継ぎたいという、七代目の思いもありました。
今回NEW蒲鉾ロゴを手掛けた書家・渡部裕子さんは、現在名古屋市在住。といっても、全国各地はもとより、米国、フランス、オーストラリアなど海外での個展やパフォーマンス経験も豊富で、さらに注目のホテルや店舗のインテリア書、ロゴ等商業デザインの分野まで、八面六臂のご活躍です。
写真提供:渡部裕子
幼少から精励されてきた書道の技と、デザイン学校勤務時代に培われたクリエイティビティとのハイブリッドなキャリアを持つ、唯一無二のアーティスト。
青墨(鈴鹿墨)や色墨が醸すニュアンス、その豊かさを大胆にまた繊細に表現すると同時に、その「余白」にこそ想いを饒舌にしたためる。また、展示やインスタレーションでは、独自の感性を発揮し、「書」の一般概念から蝶のように軽やかに飛翔し、見る者を一瞬にして惹きつけます。
写真提供:渡部裕子
そんな作風の真骨頂と言えるのが、一文字で一気に書き上げる「一字書」。さらには、それらを柱のように壁のように積み重ねていく「立体書」というインスタレーションへと展開。その圧巻のライブパフォーマンスは、アートスペクタクルとしても注目され、海外でも高く評価されています。
写真提供:渡部裕子
また一方で、名古屋城『金シャチ横丁』のロゴをはじめ、お酒・和菓子のラベル/パッケージなど商品・屋号ロゴとしての書作品も多岐にわたり手がけています。
写真提供:渡部裕子
今回リニューアルした蒲鉾も、「玄」「慶」「眞」「匠」と、渡部さんの「一字書」のインパクトそのままに、一文字のネーミングとロゴで表現されました。
渡部さんの公式プロフィールは、「日々笑いたくさん飲み食べ、笑顔で邁進中」と締めくくられていますが、まさにそれを体現する朗らかさとパワフルさ!そして、粉うことなき食いしん坊“GEN-B”のおひとりでもあります。ヤマサちくわ七代目佐藤元英社長との出会いも、GEN-B主催の交流会でした。
「練りもの大好き!」という渡部さんと、「なべちゃんの字で元気が出る!」という佐藤社長とが談論風発を重ね、誕生したパッケージロゴ。その制作秘話をおふたりに伺いました。
佐藤: | ロゴ制作ではたいへんお世話になりました。 |
渡部: | こちらこそありがとうございました。店頭に並ぶのを見た時は感動しました!友人知人も「なべちゃん、蒲鉾見たよ!手土産やお使い物にしてるよ!」なんて言ってくれ、とても嬉しいです。 |
佐藤: | ありがとうございます。やっぱり「渡部さん」とお呼びするより、皆さんのように「なべちゃん」がしっくりきますね。 |
渡部: | そうですね、どうぞどうぞ(笑)。 |
佐藤: | 最初の出会いは、2020年に愛知県碧南市『日本料理 小伴天』さんでのGEN-B交流会。書家とご紹介いただき、興味を持っていました。 |
渡部: | ちくわについて学べて、焼きたてもいただけて、とっても楽しい会でした。GEN-Bのイベントは練りもの好きにはたまりませんね!その翌年、瀬戸市赤津『喜多窯 霞仙』さんでの開催も、母と一緒に参加しちゃいました。 |
佐藤: | 豊橋にも、ご友人たちとヤマサちくわ直営店『広小路でんでん』に来てくださいましたね。米焼酎ねっかと豊橋の特産青じそのモヒートを楽しんでいただいたり。 |
渡部: | まさか社長が来てくださるなんて!共通の友人もいて、豊橋がぐっと身近になりました。 |
佐藤: | お会いする度「勢いのある人だなあ」という印象で、どんな字を書かれるのか気になって。星ヶ丘三越での作品展(2021年12月)で、初めて作品を目にしました。 |
渡部: | そうでした。とても丁寧にご覧くださったのをおぼえています。 |
佐藤: | 普通の書展をイメージしていたら、雰囲気や展示が全然違う!平面作品の他に箱型の立体的な作品があったり、独特の世界観でインパクトが凄かった。 “勢い”のある表現に魅せられ、その場でロゴ制作をオーダーしたほどです。 地域柄仕事柄、書を見る機会は多いですが、「自社商品のパッケージにしたい!」とまで感じたことは滅多にないですから。 |
渡部: | ええっ、そんな!うれしいです!抱きついてもいいですか?(笑) その時はパッケージにという話はなく、「勢いのある字」以外特にご指定はなかったんですよね。後日、「まず食べて感じて、書いて」と佐藤社長自らたくさんサンプルをお持ちくださって。もちろん練りもの大好きですから、毎日いただきました! 食べ比べる中で、品質や味わい、価格帯ごとのイメージも見えてくるものですね。私にとっては、最初に細かい指定がなかったことがとてもやりやすく、嬉しかったです。 |
佐藤: | まずは書き手が商品からどんなイメージを受けるかが大切かなと。最初からサイズや仕様に縛られると、おとなしく縮こまった書になってしまうので、「小さく書かないで」とだけお願いしました。 |
渡部: | そうなんです。筆は下に行ったり斜め上に行ったりすることで勢いが出たりするものですから、規格に合わせようと意識すると、跳ねやかすれも出にくい。飛び散りなど、小さい字ではまずありえないです。 ただ、私の書は強めなので、商品ロゴとなるとそれまでのイメージとあまり大きくかけ離れてしまうのもどうなのかとか、いろいろと悩みました。 |
佐藤: | だからいっそのこと、蒲鉾のラインナップすべて商品名から変えちゃったんです。渡部さんの「一字書」のイメージで、「玄」「慶」「眞」「匠」と一文字の商品名に一新しました。 |
渡部: | ほんと素晴らしい!ありがとうございました。 |
渡部: | 実は、全商品の書にとりかかる前に、まず少々手堅い感じのサンプルをご提案したのです。佐藤社長は「いいんじゃない」とお返事くださったものの、その反応が気にかかって…。夜になって思い立ち、手元にあった紙にバーッと一気に書いてみたところ、「うん、これだ!やっぱりヤマサちくわさんはこういう感じ!」と腑に落ち、すぐさま社長に送りました。すると、深夜にもかかわらず、「目が覚めたよ!これだ、この感じ好きだよ!」と返ってきたのです! |
佐藤: | そう。はじめサンプルをもらった時は、「なべちゃんに頼んだ割にはちょっとおとなしい字だな…」なんて思ったんだよね。 |
渡部: | やっぱり(笑)。どうしても従来の商品イメージや、店頭に並べたり詰め合わせた時のバランスなど、商品目線であれこれ考えちゃうんですよね。でもあの時、私の「これだ!」という興奮が伝わるといいなとご提案したら、「これだよ!」と響いてくださった。その社長のリアクションを軸に、全体の方向性が見えた瞬間でした。 |
佐藤: | 綺麗に整った書は他によくあるけれど、なんと言うのかな…「この枠の中に書いてください」と言われ生まれた字ではなくて、動き出したり飛び出していきそうな勢いが渡部さんの書にはある。「鮮度がいい」って感じかな! |
渡部: | 鮮度!ヤマサちくわさんだけに!(笑)ありがとうございます。 「動く」というと、いまは動画で簡単に見せられるわけで、写真より動画、さらに音など、どんどん表現要素が多重化していますよね。一方、書といえば白と黒のみ、書いたものは止まっているし、大きさにも限りがある。でもそういうシンプルな世界だからこそ、私は「止まっているものを動いて見えるように書く」、「白と黒だけでも色が見えてくるように書く」というのが究極の表現なのかなと思うんです。 そういう意味では、「今にも動き出しそうな字」というのが自分の目指すところなので、まさに社長のお言葉通り!活き活きとした「鮮度がいい」書が、美味しい蒲鉾の顔になることで、より目に留まって手にしてもらえたらと願っています。 |
佐藤: | たしかに、書の個性や勢いがあるだけに、パッケージとして落とし込む際のバランスや印刷の再現性などは試行錯誤した面もあります。短期間に相当やりとりをしましたよね。蒲鉾の包装にこんなに手間暇かける会社はないだろうなあ(笑)。 |
渡部: | 本当に!私も通常は、何点か書いて決まったらデータをお渡しして完了で、こんなに綿密にやりとりをさせていただいたのは初めてでした。何より佐藤社長がデザインや印刷について、副業!?というほどお詳しいのにびっくり。 |
佐藤: | 通販カタログの経験もあるし、印刷の立ち会いもよく行くので、そこそこはわかるよ。色のバランスや掛け合わせなど、色づくりもけっこうこだわります。 渡部さんもデザインに携わられているだけに、ただ書いて終わりではなく、パッケージとしての見え方や効果、余白とのバランスなど、細かに意見や提案をしてくれました。そんなことまでできる書家さん、あまりいないよね(笑)。 |
渡部: | いやもう、細かくご提案したりとすみませんでした。デザイナーさんや印刷屋さんも、さぞたいへんだったかと思います(笑)。でも包装としての条件が多々ある中、墨の絶妙の表現まで再現されていて、感激しました! こうしたやりとりを重ねられたおかげで、一緒に創らせていただいたという思いも強まりましたね。 |
佐藤: | ところで渡部さんは、「書家になろう!」と思って今のような活動をし始めたのですか? |
渡部: | いえいえ、4歳から大学までは普通に先生の書く字を臨書するなど、いわゆる書道として続けてきました。書道で有名な中京大学に進学し、漢字とかなのそれぞれ第一人者の先生から学べたことは大切な素地になっています。 |
写真提供:渡部裕子
佐藤: | 勢いのある筆使いはその当時から? |
渡部: | 漢字を師事した中京大学樽本英信(樹邨)名誉教授(コメダ珈琲の看板文字筆)が書聖・王羲之を臨書されていて、私もその筆勢のある字が好きでしたから、その影響は受けていますね。 でもね、卒業後デザインの教育機関に勤務するようになってから、5年ほどは筆を一切取らない時期があったんです。デザインに関心が傾いていった時期でもあったかな。 |
佐藤: | そんなブランクを経て、再開したきっかけは何でしたか? |
渡部: | ある時、デザイン関係の方が飲食店広告のお仕事をされていて、「なべちゃん、“しゃぶしゃぶ”って書いて」と依頼をいただきまして。お安い御用!と度々引き受けてはお礼にしゃぶしゃぶをご馳走になっていました(笑)。その後、焼肉店など、どんどん依頼が集中しだして。 |
佐藤: | 肉関係ばかり!さすが食いしん坊GEN-Bだねえ。 |
渡部: | あはは、まさに!字を書くのって最高!って思っていました。その時、商業デザインとしての書を初めて書いたって感じです。お手本通りに書かなくてもいいし、気が楽。低価格から高価格帯まで、ニュアンスを変えて書くのも楽しくて、「書ける!できる!」と。何十年と続けてきたことは手がおぼえているものですね。 |
写真提供:渡部裕子
渡部: | そんな風に書を書く楽しさが蘇って、30歳ぐらいの時、「久しぶりに大きな作品が書きたい!自分の思うままの表現がしてみたい!」と思ったんです。 大きな紙をテープで貼り合わせて5m四方ぐらいにして、当時は太筆も持っていなかったので、手持ちの筆を何本も輪ゴムやテープで束ねて(笑)、夜間に勤務先のホールを借りて、初めて一人で「一字書」を書いたんです。 |
佐藤: | ほうう。ちなみに、どんな一文字を書いたんですか? |
渡部: | それは恥ずかしくてとても言えない…いや、うーん、この機会だから言っちゃおうかな…。「獣」です。「激しい字を激しく書いてみたい!」と思いついた一字が「獣」でした(笑)。最後にガガッと跳ねあげて、点!ですから、まさに激しい! |
佐藤: | たしかにそれはド迫力!だったろうねえ。 |
渡部: | 書きたての墨って、濡れてギラギラしているんですよ。しかも夜遅くに一人で筆を抱えて。たまたま覗きに来た友人がその様相を見て、「なんか、怖いから帰る」って立ち去ってしまったぐらい(笑)。 でもその一字の書がきっかけで、イベント会場や店舗のインテリア書など多方面からお声をいただけるようになり、頑張りに頑張った30代前半でした。 |
写真提供:渡部裕子
佐藤: | 今や愛知から全国へ、さらには海を越えて、「書家」として活躍されているわけですが、今後の展望はいかがですか? |
渡部: | 「何かになりたい」とそこに向かって突き進むのが苦手なので、「書家になりたい」というイメージは特になかったんです。書家としてお仕事を受けるというよりは、「なべちゃん、やってみて」「やってみたいです!」という繰り返しで、ここまで来たという感じ。 やっぱり「文字を書く」ことが大好きなので、作品を創るのも楽しいし、それと同じように「かまぼこ」や「焼きそば」って書くのも楽しいんです。 |
佐藤: | その楽しさがなべちゃんのエネルギー源で、書の勢いにもつながってるかな。 |
渡部: | そうです!依頼してくださった方が、「いいね!これでみんな活気づくよね!」と伝わって、その反動が来ると大きな手応えを感じますね。 |
渡部: | 書は伝統的な文化であるけれど、今は英文字で書くこともありますし、現代書道として新しい自由な表現もどんどん出てきています。ただ、そうした動きの中にも私なりの美学があって、読めても読めなくても、「書き順」にはとても拘っています。変化はあれど、漢字の成り立ちを宿す大切なもの。それを骨格として、“生きているように書きたい”といつも思っています。 |
佐藤: | 同感です。ヤマサちくわは、2027年で創業200年を迎えるのですが、極端に変わることはなくても、やはり時代の感覚を呼吸して常にトライし続けないと、おもしろいものは生まれない。変わっていかないと、本当に美味しいものって実は続いていかないんです。 そうしてトライし続ける中で、昔も今も変わりなく大切にしているのが、「鉛は金に変わらない」という基本精神です。原料、職人、技術、全てが本物だからこそ生まれる「本物の旨さ」。これがヤマサちくわの求めるこだわりの味であり、時代を超えて生き続ける伝統の味です。 |
渡部: | その通りですね。その伝統の味と今回書で関わらせていただけて、ヤマサちくわさんとますますいろいろなコラボレーションがしたくなりました!私は2024年五輪が開催されるパリで個展を開催予定ですが、いつか海外のイベントで、一緒にパフォーマンスやPRをしてみたいですね! |
佐藤: | それは楽しみです!ますますアクティブな活動、応援しています。 |
写真提供:渡部裕子