宮坂醸造株式会社(信州諏訪 7号酵母発祥の酒蔵)(2025.06.17)
創業1662年、長野県諏訪市の銘酒〈真澄〉の蔵元『宮坂醸造』。新緑鮮やかな季節、ヤマサちくわ七代目 佐藤元英社長(以下佐藤社長)が諏訪蔵と富士見蔵を訪問しました。同世代でもある宮坂直孝社長(以下宮坂社長)と、伝統を守りつつ革新を続ける両社のものづくり哲学や未来への展望を語り合いました。
諏訪蔵は、日本酒の味わいを変革した「7号酵母発祥の地」です。現在は富士見蔵が主要醸造拠点ですが、諏訪蔵にはショップ&テイスティングルーム『セラ真澄』が併設され、地酒愛好家や地域交流の場にもなっています。
佐藤: | JR上諏訪駅からの街道沿いには、500メートルほどの間に左右に造り酒屋が並んでいますね。 |
宮坂: | ええ。上諏訪街道沿いに〈舞姫〉〈麗人〉〈本金〉〈横笛〉そして〈真澄〉、地元では「諏訪五蔵」と呼ばれ、駅から歩いて巡ることができます。毎年「まちあるき呑みあるき」というイベントも開催されて賑わいます。『セラ真澄』のテイスティングルームでも、お酒との新たな出会い、交流を楽しんでいただいています。 |
佐藤: | 若い世代や観光客に、地酒や酒造りを身近に感じてもらえるのはいいですね。その土地の風土を味わう入り口にもなりますし、地域振興の活性にも繋がります。 |
宮坂: | そうですね。よく国内の伝統酒離れ、現場での職人離れといった課題も叫ばれますが、うちのようなローカルの酒蔵は比較的恵まれているように感じます。というのも、小規模だからこそブランドを構築しやすく、若者が「面白そう」と門を叩いてくれることも少なくありません。今や世界的に超有名となった銘柄の蔵元も、20年ほど前は小規模な蔵でしたが、良い酒を造れば評価される可能性がある。日本酒はそういう不思議な魅力を持つ商品だと思います。 |
佐藤: | たしかに、お酒には文化と地域の色が伴いますし、世界中で飲まれますからね。ちくわとはそこが違う(笑)。その点大量生産品や大手メーカーの製品は、かえってその価値が正しく評価されにくくなっている気もします。 |
宮坂: | 小規模な方が、どのようなお客様にどのように届けたいかなど、層を絞り込んだり個性化したり、自由にブランドイメージを扱いやすいところはありますね。 |
佐藤: | 私は若い頃から自分で現場に立って、商品構成や商品開発を考案するのが好きで、今も〈社長の手作りセット〉なんていうのを作ったりしているんです(笑)。基本は「自分が食べたい、食べて美味しいものを作る」という考えなのですが、宮坂社長のお酒造りはいかがですか? |
宮坂: | まったく同じです!私は自分ではお酒を造れませんが(笑)。お客様に喜んでいただきたいという気持ちはもちろんありますし、お客様の「好き/きらい」も参考にはします。でも、突き詰めると自分が本当に美味しいと思えるもの、納得できるものを追求してきました。また、高い安いで「美味い」が決まるものでもないと思うんです。 |
佐藤: | そうそう。食べ物やお酒って、飲む時の状態や合わせるもの、あるいは思い出までも含めて、安いものでも美味しいと感じる時だってありますしね。 |
宮坂: | ですから、〈真澄〉が求めているのも、基本的には高級料亭の特別な料理というよりは、ふだん家庭で味わっているような“おばんざい”になじみ、自然にずっと飲み続けられる味なんです。 |
佐藤: | 宮坂社長が「美味しい!」と感じるお酒の具体的なポイントは? |
宮坂: | まず私が13〜15度の低アルコールにこだわるのは、穏やかな香りと米本来の甘み、そしてほどよい酸味が調和した、飲み飽きしない味わいがあるからです。料理との調和もいい。酵母が最も心地よい状態で活動し、その持てる力を存分に発揮して醸された結果が、このアルコール度数に表れているのです。 私はこれが日本酒として本来あるべき姿、正道ではないかと考えています。アルコール度数をそれ以上高めようとすると、酵母自身が生成したアルコールによってストレスを受け、結果として酒質を損なってしまう可能性があります。酵母が心地よく、健全に活動できる範囲でアルコールを生成させること、それが綺麗な酒を造る秘訣です。 |
佐藤: | なるほど、それで13〜15度度前後で発酵を止めるのが理想的ということですね。 |
宮坂: | ええ。昨今の若い造り手たちは、過去の酒造りの常識に囚われず、自分たちが本当に美味しいと感じる、飲んで心地よいお酒を追求した結果、このアルコール度数にたどり着いているのだなと感じます。 |
佐藤: | それが今の私たちの味覚や嗜好には合っているんですね。 お酒はブランドが立つ商品なので、例えばちくわの横に〈真澄〉があってくれると、「ああこのお酒に合うんだな」とイメージしてもらえて、非常に売りやすいのですが(笑)。 |
宮坂: | 美味しいつまみは大切です(笑)。ですが、私はお酒はあくまでも脇役だと考えているんです。主役のお料理がより美味しくなるためにお酒があるんだ、と。酒自体が主張しすぎて、「料理がなくても酒だけでいい」なんてのは、少なくとも〈真澄〉が目指すお酒ではないです。 |
佐藤: | 酒だけあればいい、とにかく大吟醸がいいんだ、となると、かえって個性がなくなりますよね。 |
宮坂: | そうなんです。ヤマサちくわさんの豊橋工場を見学した後、直営店『広小路でんでん』でちくわや練りもの料理をたっぷりと味わい、その上いただいたお土産も帰ってすぐに全部食べちゃいまして(笑)。焼きたてのちくわもおでんも格別で、本当に止まらなくなる美味しさでした。私の定義では、「止まらなくなるもの」が高品質の証です。ですから〈真澄〉の目指すところも、「飲んだら止まらなくなる、ずっと飲み続けられる酒」なのです。 |
佐藤: | 私は実はそんなに強くはないのですが、「これは美味しい!」と思ったお酒はスイスイいけちゃうんです。〈真澄 山廃純米吟醸 真朱AKA〉は、まさにそんなお酒で、これだ!と気に入っちゃいました。 |
宮坂: | それは嬉しいです! |
佐藤: | ところで、諏訪の郷土の味というとどんなものがありますか? |
宮坂: | 春になればやっぱり山菜の天ぷらが食べたくなりますね。体が欲するのでしょうか。野沢菜漬けもよく食べます。魚といえば干物や塩イカ。塩イカは水で戻して塩抜きし、茹でてあるものを野菜と和えたりして。この辺りの人たちは皆好きで、地元のお母さんお手製の塩イカの和え物が、凝った料理よりも喜ばれたりしますね。 |
佐藤: | いいですね。我が家では、製造過程でハネられたちくわやはんぺんも食卓に上がりましたが、私はきゃらぶきや味噌ごぼうといった、いわゆるおばんざいのようなものも好きでした。昔は住み込みの職人さんもいたので、大皿に作り置きのおかずが並んでいて、それがご飯のお供にも酒の肴にもなりました。 |
宮坂: | 懐かしいですねえ。宮坂家の冬の定番は、粕汁かな。うちではかつては酒粕の売上が、蔵人の人件費を賄えるほどだったんですよ。最近は若い人にはスッキリ飲める〈真澄 糀あま酒〉が人気ですけどね。 |
佐藤: | そうだったんですか!酒粕というと、うちは魚の粕漬けがご馳走だったなあ。 ところで、長野は「塩尻」とあるように、かつては塩の道を通じて運ばれた保存食の文化がありますよね。ちくわもそのひとつで、海産物のない地域へ、ちくわの穴に塩を詰めて保存して運んだ歴史があります。諏訪の「おでん文化」はいかがですか? |
宮坂: | いやあ、一部飯田おでんなどがありますが、諏訪の郷土料理としてはそれほど盛んではないですね。煮込みとか煮物の範疇でしょうか。 |
佐藤: | 寒冷地でもあり信州味噌もありながら、それは意外ですね。お酒にはおでん、やっぱり合いますからね。ぜひ、「諏訪おでん」を作っちゃいましょう! |
宮坂: | それ、いいですね! やりましょう! |
宮坂: | 私は今でこそ毎日美味しく味わっていますが、若い頃は日本酒が大の苦手でした。当時のお酒の味を美味しいと思えず、「こんなものを、なぜ皆美味しそうに飲んでいるのだろう?」とどうにも受け付け難いものがありました。 |
佐藤: | だからこそ、なんとしても変えていきたい!という強い思いに至ったのですね。 |
宮坂: | そうです。蔵に戻ってからは、ともかく自分が美味しいと思えるように、お酒の造り方をドラスティックに変えてきました。 |
佐藤: | 私たちの若い頃は、食べるものも嗜好も大きく変化してきた時代。私は大学を出て家業に就いたのが20代半ば頃で、主力商品に手を出すのはまだ難しい時期だったので、既存商品にないような練り製品を試行錯誤しながら作っていました。それも現場のベテラン職人の協力があってできたこと。まあ、そうやって現場を経験させてもらったから、今職人たちにものが言えるんですけどね。 |
宮坂: | そうした経験って大切ですよね。私の父や祖父の時代は、いわゆる普通酒が主流で、純米酒や吟醸酒といった商品はほとんど市場にありませんでした。新しいカテゴリーの商品開発はある意味“聖域外”だったから、挑戦が許されたのかも。もちろん「儲からないものを作るな」と叱られたりはしました(笑)。既存の主力商品の造りを変えることは、非常に大きな抵抗があったと思います。ところがその主力の酒が、やがて時代の変化とともに売上が下降していった。これをどう変革していくかが私に渡された大きな課題でした。 |
佐藤: | 「昔は美味しかった」とよく言いますが、現代とでは実際に味覚もずいぶん違っていると思います。伝統を守るべきところと、時代に合わせて絶妙に変えていくところと、どちらも大切なことですね。 |
現在〈真澄〉の酒造りは、創業時からの本蔵諏訪蔵に加え、1982年(昭和57年)に富士見蔵が完成し、現在はこちらが主要拠点となっています。標高約960メートルの高地にあり、清冽な空気と豊かな水に恵まれたこの地には、〈真澄〉の酒造りの哲学が息づいています。
宮坂醸造では、酒造好適米の全量を自家精米しています。最新鋭の精米機では、コンピュータ制御により米の品種や状態に合わせて最適な精米パターンを設定、8台の精米機が音も静やかに稼働しています。
「精米したての米は熱を持っているので、すぐに次の工程に移すと米が割れてしまう。そのため、外気を取り込めるタンクでしばらく寝かせ、熱を冷まし、水分を均一にしてから洗米します」と宮坂社長。
洗米・浸漬工程では、「限定吸水」という、蒸した際に米の表面は乾き気味で芯はしっかり柔らかい「外硬内軟(がいこうないなん)」の状態に仕上げるための、精密な水分管理が行われます。かつては杜氏がストップウォッチを片手に手作業で行っていましたが、現在は岡山県製の最新式洗米機を導入。この高性能な機械を2台設置しているところが、宮坂醸造の特色です。
「元々は吟醸酒クラスの米を洗うための機械ですが、うちは普通酒の仕込みにも大吟醸並みの手間をかけています。この機械を導入してから、普通酒の品質が格段に向上しました」
蒸米工程では、7~8年前に伝統的な「甑」方式に回帰。これにより、蒸米の品質がさらに向上しています。かつて蒸米の運搬に使われていたエアシューターは、ホース内の清掃の難しさや雑菌汚染のリスク、騒音問題などから、現在は布に包んで手作業で運搬する方法に切り替えています。
「酒蔵で最も重要なのが、蔵を清潔に保つこと。騒音も低減され、手間はかかりますが、それ以上のメリットがあります。
酒造りの心臓部ともいえる麹造り。「微生物が関わる部分はなるべく人手で、微生物が関わっては困る部分はなるべく機械で」という基本方針のもと、麹造りでは手作業を重視しています。麹は2日間かけて造られ、最初の水分が多く硬い状態の米(床麹)の撹拌は機械の力を借りながらも、軽くなった状態(棚麹)からは人の手で丁寧に作業が行われます。「総破精(そうはぜ)」と呼ばれる、麹菌が米粒の内部まで深く食い込んだ状態の理想的な麹が生まれます。
日本酒独自の醸造方法である「並行複発酵」。これは、麹が米のデンプンを糖に変える「糖化」と、酵母がその糖をアルコールに変える「発酵」が、一つのタンク内で同時にゆっくりと進むという、世界でも類を見ない高度な技術。これにより、他の醸造酒と比べて高いアルコール度数を生成できます。ただし、昔ながらの高度数にこだわるのではなく、〈真澄〉では現代の嗜好に合わせ、飲みやすく、かつ酵母にとっても最適なバランスを追求しています。
佐藤: | ヤマサちくわでは、原料など「良いものを使う」という姿勢、伝統的な製法の基本となる部分は変えずに守り続けています。それが我々の味の根幹ですから。ただし、それ以上に美味しいものが作れる新しい方法があれば、そこは柔軟に切り替えていく可能性はあります。原料の魚も昔と今では肉質がかなり違うので、昔と全く同じやり方をしていては、本当に美味しいものはできません。常に現場を見て、素材と向き合い、変化に対応していく必要がありますよね。 |
宮坂: | そうですね。酒造りでは、杜氏が重要な役割を担いますが、ものづくりの本質は同じですね。〈真澄〉は現在、年間で一升瓶換算約60万本を醸造する、業界では中堅規模の酒蔵です。一本一本丁寧に、品質を管理しながら造ることができるのは、このくらいの規模が丁度いい。無理に拡大しようとすると、様々な部分で歪みが生じてしまいかねません。この限られた本数をいかに丁寧に磨き上げていくか、それが我々の使命であり、「進化し続ける」という気概が大切だと思ってます。 |
佐藤: | 職人の教育は、昔のように繰り返し修行をするということがなかなか難しい時代になってきてはいますがね。我々の現場ではAIや機械に頼れない技術もまだまだ大切なので、課題ではあります。 |
宮坂: | 伝統産業は特にそうですね。日本酒業界は幸いなことに、若い世代が比較的多く入ってきています。彼らはワイン文化の影響も受け、「テロワール」、つまりその土地の米や風土を活かした酒造りをしたいという意欲に溢れています。これは非常に素晴らしいことで、日本酒の世界がより多様で面白いものになっていくと期待しています。若い人たちには、どんどん暴れて、新しいことに挑戦してもらいたいですね。 |
佐藤: | 風土の上に蔵の個性をいかに魅力的に創り上げていくか、そのために大切なことってなんでしょう? |
宮坂: | 何よりもまず、酒造りの根幹である「基本品質」を徹底することです。“真っ当な酒造り”うちはそのセオリーはしっかりと守っています。そうした確固たる品質の上に、いかにその蔵ならではの個性を乗せていくかですよね。嬉しいことに、現在そういった両面を高いレベルで満たしている酒蔵が増えてきていますね。 |
佐藤: | 新しい風が、業界全体に生まれつつあるんですね。 |
宮坂: | ええ。今後はますます業界全体が多様化していくでしょうし、私は日本酒の未来は非常に明るいと確信しています! |
佐藤: | いいですね!今後もますますのご活躍を期待しています。私も〈真澄〉にぴったりの“GEN-B商品” を考えていきますよ。これからもよろしくお願いします。 |
諏訪の春に花咲いた、日本酒とちくわのマリアージュ対談! 変化を恐れず、常に進化し続けようとする両社のコラボレーションにも、ぜひご期待ください。