伊賀焼窯元 長谷園/長谷製陶株式会社(2021.12.13)
「伊賀」と聞けば、言わずと知れた“忍者”発祥の地。なるほど周囲を山に囲まれ、いまなお日本の原風景といった山里の情趣が息づいています。また、古来より都(飛鳥・奈良・京都)に隣接し、伊勢神宮への参詣をはじめ、江戸時代には東海道の宿場町、城下町として栄えるなど、交通の要所でもありました。
国の伝統的工芸品「伊賀焼」は、約1300年前の奈良時代(729〜749)にはじまり、伊勢神宮への神瓶奉納のため現在の丸柱の地に窯を興したと文献に記されています。茶の湯が盛んとなった17世紀初頭の桃山時代(伊賀国領主であった筒井定次や藤堂高虎・高次の時代)には、古田織部などの指導のもと茶陶が焼かれました。
『長谷園』は、この伊賀焼発祥の地にて天保3年(1832)に築窯し、以来伊賀焼の伝統と技術を継承、2022年で190年を迎える老舗窯元です。「作り手は真の使い手であれ」の精神のもと、時代とともに変化、進化する食文化やライフスタイルにおいて、使いやすく、美しく、楽しく暮らしになじむ陶製調理具を追求。近年では、大ヒット商品となった炊飯土鍋<かまどさん>で長谷園の名を知った人も多いのではないでしょうか。
長谷園の広大な敷地内には、創業当時から長谷家が代々暮らしてきた*日本家屋「母や(おもや)」「別荘」を中心に、登り窯・工房、大正時代建造の「大正館*」等の展示室・資料館、休憩所、展望台、土鍋・伊賀焼ショップなどを併設。
*現在14件が国の登録有形文化財として登録されています。
毎年5月に開催(2020・2021は中止)される「窯出し市」では、全国から多くの観光客が訪れるなど、伊賀の自然とやきものに触れ、楽しめる伊賀焼の郷として親しまれています。
一目見て圧倒されるのが、創業時から昭和40年代(1970年代)まで稼動していた16連房もの「登り窯」。かつては15〜20日間をかけて窯焚きをしていたそうで、中を覗くと匣鉢(さや)や棚板など窯道具がぎっしりと積まれたままになっています。これだけの規模で現存する登り窯は、日本で唯一という稀少な遺構です。
一方、隣接する4連房の登り窯は、築40年ほどの現役で、年に1度火入れをし、昼夜通しで1週間ほどかけて焼成します。『東京2020パラリンピック』では採火地として選ばれ、この窯から火を採り、ランタンに点火。「伊賀陶(すえ)の火」と名付けられ、話題となりました。
初代・長谷源治氏がこの地に登り窯を造った当時。まだ伊賀焼の知名度は低く、信楽焼や清水焼の下請け仕事が大半で、寝ずに窯を焚き続けていたと言います。6代目彰三氏の頃に建築用タイルの製造を手がけるようになり、景気にも後押しされ、7代目優磁氏の頃にはタイル事業が製造の7割を占め、従業員100人以上を抱えるまでに成長を遂げました。
「ところが1995年の 阪神淡路大震災で、一転してしまうんです。伊賀焼のタイルは重厚感が売りでしたが、高層階ではその重さが揺れを助長するとして大きく報道されてしまい、“地震に弱い”という風評からキャンセルが相次ぎ、売り上げはほぼゼロに。当時地元では、“長谷、終わったな”と囁かれたそうです」。そう語る8代目長谷康弘社長は、中学から実家を離れ、高校から上京。「うちはモノづくりの力はあるけど、世に出す力や営業力は弱い」と、いずれ後継者として家業の力となれるよう都内百貨店に入社し、流通の経験を重ねつつあった矢先のピンチでした。
「代々続いてきた家業の伝統や技術を、ここで終わらすわけにはいかない!と実家に戻ったものの、多額の負債を抱え、現実は厳しかったですね。うちの窯は技術力は高く、良いものをつくっているという自信はあったものの、販売では伊賀焼の知名度の低さがネックでした。目を向けてもらうにはどうしたらいいかを考えた時、ふとこの豊かな自然に恵まれた丸柱のロケーションに目が開き、この環境こそが貴重な財産だ!と気づいたんです」。
ものづくりだけでなく伊賀の魅力を体験でき、観光客が憩える伊賀焼の郷へ。 そうした場づくりと並行して、長谷社長が先代とともに着手したのが、窯を代表するポテンシャルを持つ新たな商品の開発でした。
「土鍋の販売時期は、主に9〜12月に限られた季節商品。なんとか通年使える道具にしたいと考えると、主食である米の調理は必須。ただ、土鍋で炊いたごはんがおいしいのはわかっていても、火加減が難しく吹きこぼれた後始末が面倒などと、一般の家庭ではハードルが高かったんです。
開発のポイントは“火加減なし・吹きこぼれなし”。とにかくこの二つをクリアできたら、もっと手軽に土鍋を毎日使ってもらえるはず!そう信じて、試行錯誤を重ね、2000年に産声をあげたのが、炊飯土鍋<かまどさん>でした」。
お米と水を入れて中火で加熱し、穴から蒸気が吹き出たら火を止め20分蒸らすだけ。ふっくらとしたおいしいごはんがいとも簡単に炊ける!と、プロの料理家や主婦層へとたちまち評判が広がり、これまでに100万台(2021年)の販売を達成!年中手放せない食卓のパートナーとなっていきました。
「この成功がなかったら、うちの会社は終わっていましたね」と笑う、長谷社長。まさに“土鍋で火がついた”革新的な次代への幕開けとなりました。
「作り手は真の使い手であれ」を体現すべく、長谷社長は家族の女性視点も活かしたアプローチでレシピ開発や販促ツールなど、PRにも力を入れていきました。
また、「家族で食卓を囲んで楽しめるものを作りたい」という思いから、卓上で燻製を楽しむ<いぶしぎん>、素材の味わいを引き出す<ヘルシー蒸し鍋>など、次々とこだわりの製品を生み出しています。
さらには、伊賀から飛び出し、「食卓は遊びの広場だ!」をコンセプトに2004年東京・恵比寿にアンテナショップとして伊賀焼・土鍋専門店『igamono』をオープン。広々としたキッチンでは、料理教室やワークショップなど、土鍋の使い方楽しみ方を直接伝えることで、伊賀焼の認知度向上にもつなげています。
長谷園とGEN-B交流会の出会いも、ここから。2020年11月7日「鍋の日」に、伊賀の長谷園と豊橋のヤマサちくわ株式会社とのお江戸初イベントが開催されました。
両社とも江戸時代の創業でほぼ190年という歴史を持ち、“GEN-B=食いしん坊”の血を引く作り手同士。土鍋とちくわの違いはあれど、どちらも「やきもの」「練りもの」、地の恵み、海の恵み、先人の知恵を生かしつなぎ、日本人の食文化をより豊かに伝え継ぐ老舗です。
恒例のちくわ焼き体験では、いつもは炭火焼き台が用いられますが、この日は長谷園の電気式卓上ロースター<あぶり名人>でも体験。素材に応じた焼き具合で焼きたてのおいしさを楽しめるよう開発されただけあって、「ちくわ焼きに最適!」とヤマサちくわ7代目佐藤元英社長が太鼓判を押したことから、このイベントが実現しました。
このお江戸コラボをきっかけに、佐藤社長も伊賀の“やきもの”に魅せられ、長谷園まで度々足を運ぶ間柄に。晩秋の一日、長谷園8代目とヤマサちくわ7代目にお話を伺いました。
佐藤: | 交流会でのちくわ焼きはいつも炭火ですが、電気ロースターは初めての試みでした。電気での直火は焼けにくく時間がかかるものですが、意外と早く、皮が硬くなることもなく、ふっくらと美味しく焼けたことに驚きました。 |
長谷: | ありがとうございます。東京店で開催していただけるなんて夢のようで嬉しくて、私もぜひお会いしたいと伊賀から駆けつけました!(笑) |
佐藤: | ありがとうございました。関東圏にも長谷園さんの土鍋ファンは多く、ぜひ!と参加してくださった方など、 “げんび〜(食いしん坊)”な良いお客さまがいっぱいで、びっくりしました(笑)。 |
長谷: | 類は友を呼ぶんでしょうか(笑)。 |
佐藤: | 驚いたといえば、燻製土鍋の<いぶしぎん>もです。食卓で燻している間、煙も匂いも出ないなんて、不思議で仕方がない。 |
長谷: | その理由は、伊賀の良質な陶土と特殊な構造によるところが大きいです。まず第一に、生物や植物などの有機物を含む古琵琶湖層によって育まれた多孔質の伊賀の土。優れた耐火性と蓄熱性を備え、遠赤効果により食材の芯までしっかりじっくりと熱が届くという特性が大前提にあります。 次に、釜の縁に設けた「ふた受けの溝」による構造。最初は弱火で、煙の匂いがしてきたらふたをし、ふた受けの溝に水を注ぎます。この「水のシーリング効果」によって煙や臭いを外に漏らさず、少量のチップで食材を燻せるんです。 |
佐藤: | 水もチップもほんのわずかで良いんですよね。 |
長谷: | 5g程度のチップで十分燻煙できます。約10〜20分ほどで火を消し、そのまま20分ほど放置するのみ。伊賀土ならではの蓄熱力と遠赤外線効果でしっかりと食材に熱を通し、温度がゆっくりと下がっていく時に中の圧で密閉されて香りがつくというしくみです。 |
佐藤: | ちくわやかまぼこなら10分間燻煙すれば十分。そのまま食べられる素材なので、それ以上火を入れると硬くなってしまう。香りをまとわせる、という感じですね。 |
長谷: | 私ももちろんいただきました。素材の良さどうしが生かされ、バツグンにおいしかった! 燻製というと野外で煙にもくもくと燻されるイメージですが、「できたての燻製を家の食卓で一杯呑りながら食べたい!」と思い立った父が、お風呂に入っている時に偶然ひらめいたことがきっかけ。うっかり桶を湯船に落としてしまい、それを持ち上げようとしたところ、水面に圧着する様子を見て、「これや!」と裸で風呂を飛び出し、メモをしたそうです(笑)。 |
佐藤: | そんな開発エピソードが!ヤマサちくわの直営店『広小路でんでん』で一目見たお客さまが、早速購入されていました。 伊賀焼土鍋の良さは、やっぱり多孔質の土の良さにあるんでしょうね。それに蓋が重いから密閉度が高いのも良い。落としぶたをしたような感じになって、味が入りやすい。土鍋でおでんをつくると、火の入りがやわらかく大根もホクホクに仕上がります。 味噌を使う三河の料理などは、香りが飛んでしまうのであまり強い火は使わないんです。おでんでも良いだしと具材ほど、強い火にかけると味が落ちてしまう。そういう点でも、土鍋はおでんに適しています。 |
長谷: | 土鍋のシェアでは、同じ三重県の四日市市が8〜9割を占めており、伊賀はごく小さな産地ですが、国内の天然素材のみで土鍋がつくれるのは、この伊賀だけです。焼き締まり過ぎることもなく、熱しにくく冷めにくい。私たちはこうした伊賀焼の利点を生かしたものづくりに努めています。 |
佐藤: | 萬古焼は有名ですが、土鍋は土鍋でも、実際に使ってみて「長谷園の土鍋はすごい!」と実感しました。この秋、初のコラボレーションで限定販売した『でんでんおでんの会』のおでんと<ビストロ蒸し鍋>のセットは、予想をはるかに上回る予約が殺到して、びっくりしました! |
長谷: | ほんとうに、ありがたいことです。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。 昔から京都の料亭などでは、「伊賀の土鍋で作ったら、何でかわからんけどおいしくなるんや」と言われていたそうです。今は遠赤効果など理由がわかっていますが、昔は同じ条件でも伊賀焼土鍋は味が全然違うと、プロの料理人から喜ばれてきました。 |
佐藤: | わかります。グツグツではなく、コトコトと、煮崩れせずにじっくりと火が入るので、特にデンプンの少ないヤマサちくわの練りものは、 外側が硬くならず、とても都合が良い。伊賀焼なら最後の余熱のみで十分なくらいです。おでんにヤマサちくわを使う時は、ぜひとも“伊賀流”をおすすめします(笑)。 |
長谷: | 私も東海道線で上京する時は、いつも車中であの豆ちくわにわさび漬けをつけていただいています。これも父から教わりました。父は、ヤマサちくわなら間違いない!うまいからと、いつも駅で買占めてお土産にしていました。 |
佐藤: | 会長も相当な“げんび〜”ですね(笑)。 |
長谷: | それはもう(笑)。母も料理好きですし、長谷家は「おいしいものが食べたい」「おいしい酒が飲みたい」がものづくりの原点ですね。「食卓は遊びの広場」という考えのもと、台所のみで活躍する道具ではなく、食卓に持ってきてみんなで囲み、好き好きに調理しながら楽しめる道具をつくっています。 |
佐藤: | 普通はあれだけいろいろなサイズの土鍋はつくらないですよ!(笑)伊賀の郷土料理というとどんなものがありますか? |
長谷: | わが家ではやっぱり鍋物は定番で、毎日食卓に上ります。山の中なので昼夜寒暖の差があり、お米もおいしく、水が良いことがいちばんの魅力ですね。野菜、ジビエと食材は豊富ですし、味噌も自家製です。冬は、ししなべ。寒くなると脂がぐっとのってきて、おいしいですよ。 |
佐藤: | いいですね。卓上で味わうことが楽しいと、自然に食事時間も長くなり、団欒につながりますし。コロナ禍が長引き、家族で過ごす機会も増えたので、今年の冬は土鍋であれこれ試して楽しみたいですね。 |
長谷: | 佐藤社長は研究熱心でいらっしゃるので、また楽しい使い方や新たな発見があったらぜひ教えてください。 |
「呼吸する土」と言われる伊賀の土の恵みを生かした土鍋は、「暮らしに欠かせない民具」から、現代の生活スタイルに調和した「今に生きる民具」へ。日本の食文化と寄り添いながら、あたたかな湯気とともに食卓に幸せを届けています。