旬のひと・もの・こと特集

第20回 豊川稲荷[対談]

豊川稲荷【圓福山妙厳寺】福山憲隆住職(2026.10.02)

御開帳、創業200年。その先へ。
人を結び、門前を育てる「ご縁」の力。

豊川稲荷【圓福山妙厳寺】
愛知県豊川市豊川町1番地

【公式サイト】 https://www.toyokawainari.jp/
【Instagram】 @toyokawainari_myougonji

豊川稲荷門前に店を構えて70余年、
ヤマサちくわと「大栄講」のご縁。

 愛知県豊川市にある「豊川稲荷」は、正式名を「妙厳寺」と称し、山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。日本三大稲荷のひとつに数えられていますが、神社ではなく、境内の守護神として豐川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)をお祀りしています。豐川吒枳尼眞天のお姿が稲穂を荷い、白い狐に跨っておられることから、いつしか「豊川稲荷」の通称が広まったのだそうです。

 1441年の開創以来、商売繁盛や家内安全などを願う多くの人々の信仰を集めてきた豊川稲荷。2026年は、72年ぶりとなる「御開帳」を迎えます。

 その豊川稲荷の門前では、ヤマサちくわが古くから商いを続けてきました。かつては複数の店が一年ごとに場所を替えて営業していましたが、1956年(昭和31年)3月、現在につながる「ヤマサちくわ豊川門前店」が場所を定めて営業を開始。そして2027年には、ヤマサちくわも創業200年という節目を迎えます。

リニューアル前のヤマサちくわ豊川稲荷門前店

 2011年、佐藤元英社長は当時の三十四世住職本宮顯道(もとみや けんどう)師と対談し、「大栄講」や精進料理を囲む人々の交流、門前との長いご縁について語り合いました。

● 商売繁盛の神様「豊川稲荷」方丈様と対談(2011年)


 それから15年。豊川稲荷では、故本宮住職から福山憲隆(ふくやま けんりゅう)住職へ、2021年に第三十五世が継承されました。また、境内では2024年11月に新しい法堂が完成、さらに2026年1月1日、門前も新たに複合施設「門前Terrace 縁福」へとリニューアルするなど、新しい動きが生まれつつあります。
 御開帳、講、門前、そして食。長い歴史の中で、人がここへ足を運び、顔を合わせ、また戻ってくる理由とは何なのか。第三十五世住職・福山憲隆師と佐藤社長に、それぞれの立場から想いを語っていただきました。

地域の願いが紡がれ、
72年ぶりの御開帳が実現。

 前回の御開帳は1954(昭和29)年。その当時を実際に知る人も今ではごくわずかです。まずは、その「72年」という時間を振り返るところから話が始まりました。

佐藤: 72年前となると、私たちも実際の御開帳を知っている世代ではないですよね。私の父の世代くらいでなければわからないと思います。

福山: 私はまだ生まれていませんからね。お寺にも当時のことを詳しく記した資料は、それほど残っていないんです。昭和5年の御開帳は大々的に行われたと伝えられていますが、昭和29年についてはわからないところがほとんどです。
今回も、私が住職になってから「御開帳をやろう」と決めたわけではありません。先代の本宮住職の時代から、地域の方々の間に「もう一度御開帳を」という声がありました。折しも2024年に新しい法堂が建つことになり、それを機に強い要望が寄せられたと聞いています。

佐藤: ずっと地域の中に思いがあったということですよね。そこに新しい法堂ができて、72年という節目も重なった。

福山: そうですね。2026年は、前回の御開帳が行われた1954年と同じ午年でもあります。前回から72年が経ち、そこに新法堂の完成という大きな節目も重なりました。
豐川吒枳尼眞天様はこの境内の守護神ですから、法堂が完成したことをご報告するという意味でも、まさしく務めるべき儀式ではないかと。時期としても、ふさわしいのではないかと思いました。

佐藤: 最初は「どうなるのかな?」と様子見でしたが、いよいよ盛り上がってきた感がありますね!地域の企業からも「うちはこんなことをやろう」というような話も出てきていいるのでは?

福山: そうですね。ひとつの行事をお寺だけで行うのではなく、地域の皆さんが一緒になって迎えてくださり、盛り上げてくださったり。それは本当にありがたいことです。
実は、最近のことですが、朝のお勤めの際に、境内で野生の狐の親子と遭遇したんです。なかよくじゃれ合っていて、遠目に「犬かな?」と思ってよく見たら、狐でした。
飼うことはできませんが、守り神ですから、害を及ぼさない限りはとりあえず温かく見守っておこうかと。

佐藤: この辺りで狐は珍しいですね。御開帳に向けて、お出ましくださったのかな。

お寺を支え、拠りどころとして
地域の人と人を結んできた「講」。

 豊川稲荷と地域との長い結びつきを語るうえで、欠かせない存在が「講」です。

福山: 今の若い方に「講」と言っても、なかなか分かりにくいでしょうね。講は決まった日に集団でお参りするだけのものではなく、本来はそのお寺を「護持する」ためのものでもあります。

大栄講についても、はっきりした資料がすべて残っているわけではありませんが、妙厳寺が苦しい時代に、講の皆さんが寺を支えてくださったと聞いています。境内の灯籠や寄進物にも、その名前が残っています。

佐藤: ヤマサちくわも、大栄講豊橋組の講元を代々務めてきました。私の父や祖父も本当に一生懸命でした。声かけも含めて、大栄講に人を集めることが、一つの「務め」だったんですよね。
 春(3月19日)と秋(9月19日)の毎年2回、以前は300人以上が集まることもあり、御祈祷の後には精進料理を囲んで、世間話をして解散する。そんな集まりでした。

福山: 交通の便がよくなかった頃は、参拝するにも一泊しなければならなかった。だから門前には宿があり、食事をする場所があり、いろいろなお店も成り立っていました。今は日帰りで来られるようになり、参拝のかたちも変わってきました。

佐藤: それでも半年に一回ここへ来ると、「ここでしか会わない」という人がいるんです。おじちゃんやおばちゃんの顔を見に来るようなところもある。年に二回くらいお参りしようと決めていると、それがひとつの行事になるんですよね。

福山: いつもいらっしゃる方が来ないと、少し心配にもなりますからね。

 「信仰とともに、同じ場所へ集まり、顔を合わせ、時間をともにする。講は寺を支える仕組みであると同時に、人と人のご縁を育ててきた場でもあったのです。

【人と寺をつないできた「大栄講」】
 「講」は、共通する信仰を持つ人々が集まり、寺社への参拝や護持を行ってきた地域に根ざした仕組みです。豊川稲荷にも全国各地から講が集まり、「大栄講」はその代表的な存在のひとつとして、三河地域を中心に受け継がれてきました。戦後の最盛期には1万人以上の会員がいたとも言われています。

門前のにぎわいをもう一度、
人が集う“寄りどころ”に。

福山: 昔の絵図を見ると、豊川稲荷の門前には今よりずっと多くのお店がありました。今年「門前Terrace縁福」として整備された一角も、もともとあった建物が耐用年数を迎えつつありました。それなら御開帳に向け、豊川稲荷としてできることのひとつとして、店舗の皆さんにも協力していただき、新たに整えていこうと。
計画にあたっては、お店の方、建築関係の方など、多くの方々と話を重ねてきました。
今の形になったのも、本当にいろいろなご縁があったからです。

佐藤: 以前は門前も、それぞれの店がそれぞれにやっているような時期がありました。でも今はずいぶん一体感が出てきたと思います。
門前には、やっぱり「表参道」というものがないといけない。人間ではないけれど、お寺にも「顔」が必要なんです。その顔へ続いていくところが表参道だと思うのです。

福山: はい。門前とお寺は別々には考えられません。私どもだけでできることでもありませんし、お店だけでもできない。にぎわいづくりは、皆さんと一緒に考えていくことが大切だと思っています。

佐藤: ヤマサちくわも、門前店では「ここでしかないもの」をつくろうと考えています。そのひとつが、ちくわを自分で焼いて食べる体験です。なるべく豊川稲荷周辺で長く過ごしてもらいたいという思いから始めました。お参りだけでなく、子どもたちも含めて、いろいろな人が楽しめるものをつくれたらと思っています。

 「参拝したら帰る」から、歩き、食べ、話し、時間を過ごす門前へ。そこに、「食」が果たす役割も見えてきます。

精進料理「点心」を囲んで。
「食」が結ぶ、祈りと記憶。

御祈祷後に供される精進料理「点心」。季節の食材を取り入れたお膳をいただく時間も、豊川稲荷で仏道に触れるひととき。

 この日の対談に先立ち、佐藤社長がいただいたのは、御祈祷後に供される精進料理「点心(てんじん)」です。その名は禅語の「空心に小食を点ずる」に由来するともいわれ、もとは軽食を意味する言葉。豊川稲荷では、御祈祷を受けた人への接待として、季節に応じた精進料理のお膳が用意されてきました。佐藤社長にとっても、講の集まりとともに長く親しんできた食です。

福山: ご祈祷にみえて、ただ手を合わせて帰るだけではなく、ここはお寺ですから、食事をいただくことも仏道修行のひとつとして受け止めていただきたいと思っています。
曹洞宗の開祖・道元禅師は、食をとても大切にされました。『典座教訓(てんぞきょうくん)』や『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』には、料理を作る側、いただく側、それぞれの心構えが説かれています。食は私たちの命に直結するものですから、食事をいただく、その時間そのものを大切にしていただきたいですね。

 豊川稲荷で精進料理がいつから供されるようになったかは、はっきりしていないといいます。福山住職は「現在の御本殿が新しくなった頃から定着したのではないでしょうか」と推測します。季節によって献立は変わり、今回の夏のお膳にも、その季節ならではの野菜が取り入れられていました。

福山: 肉や魚を使わないからといって、命をいただいていないわけではありません。野菜にも命がありますし、お米にも命があります。結局、人間は何かの命をいただかなければ生きていけない。そのことを考えていただく時間であればいいと思います。

道元禅師の『典座教訓』では、食材を無駄にせず、「これは良い食材、これは悪い食材」と差をつけることなく、食べる人のことを考えて丁寧に調理することが説かれています。
一方、『赴粥飯法』に記された「五観の偈」は、食がここへ届くまでの働きに思いを巡らせ、自らを省み、食を身体を保つ良薬として受けるなど、食事に向き合う五つの心得です。

「功の多少を計り、彼の来処を量る」という言葉があります。作る方、その前の食材のあり方まで考える。食べることそのものが、自分を見つめる時間にもなるんです。
また、「御馳走」の“馳走”は、走り回ってその人のために良いものを作る、というところから来ています。食べ物を食べられなかったら自分がどうなるか。そこまで考えてみることも大切だと思います。

箸袋裏の「食時五観の偈」は、道元禅師の『赴粥飯法』に記された「五観の偈を」わかりやすく意訳した食事訓。
佐藤: 食を扱っている側としては、よく分かります。
食べたものの記憶って、相当強いものじゃないですか。どこで何を食べたとか、おいしかったとか、誰と食べたとか。そういう記憶のひとつとして、「豊川稲荷の門前へ行ったら、焼きたてのちくわが食べられる!」というのが刻まれて、お子さんが大人になっても親しんでもらえる場づくりをしていきたいですね。

 祈りの後に点心をいただき、門前では焼きたてのちくわを味わう。食は、命や作り手に心を向ける時間であると同時に、その土地の記憶を残すものでもあります。そしてその記憶が、子から孫へと受け継がれ、参道のにぎわいを長く継いでいきたいものです。

豊橋名産「ヤマサちくわ」として、
創業200年から、さらなる先へ。

福山: ヤマサちくわさんが創業された1827年(文政10年)というと、この妙厳寺でも24世、25世の住職の頃になります。その頃、このお寺でも本堂の大きな改修があったという歴史が残っています。

佐藤: その頃の弊社は、まだ今のようにたくさんちくわをつくっていたわけではありません。魚町での創業は、魚屋の時代でした。

 2027年に200年を迎えるヤマサちくわ。一方、1441年開創の妙厳寺も、時代に合わせて姿を変えながら、その信仰を受け継いできました。2024年11月に完成した新法堂では、旧法堂の本尊が新しい本尊の胎内仏として受け継がれています。

福山: 私たちには「仏道」という道があります。少しでも一般の方々に仏教の教えを分かっていただけるようにする。それが私たちの責務、使命だと思っています。

佐藤: ヤマサちくわの門前店も、まだ完成形だとは思っていません。ここでしか売っていないもの、ここでしかできないことを、もっともっとつくっていきたいと思っています。これからもよろしくお願いします。

福山: こちらこそ、ますますのお力添えをよろしくお願いいたします。

 72年ぶりの御開帳と創業200年。願いを携えて訪れ、手を合わせ、誰かと顔を合わせ、同じ食卓を囲む。そこで交わした言葉や、食べたものの記憶が、またこの場所へ足を運ぶ理由になる。そうした時間の積み重ねの中で、豊川稲荷と門前の「ご縁」は長く育まれてきたのかもしれません。
 そのあり方は時代とともに変わっても、「ご縁」は次の形へと受け渡されていきます。錦秋の御開帳には、ぜひ皆さまお誘い合わせの上、豊川稲荷へお運びください。



【72年ぶりの豊川稲荷「御開帳」】

 豊川稲荷では、令和8年(2026年)11月1日(日)から23日(月)まで、72年ぶりに秘仏である鎮守・豊川吒枳尼真天の「御開帳」が開催されます。
 古くより午年の12年ごとに行われてきたとされ、記録に残る御開帳には、現在の本殿が完成した1930(昭和5)年、戦後復興期の1954(昭和29)年があります。令和最初の午年となる2026年、72年の時を経てその伝統が受け継がれます。
 本殿前には「御縁柱」が建立され、御前立と御縁柱を「善の綱」で結びます。参拝者が御縁柱を触れることは、豊川吒枳尼真天に触れるのと同じ御利益があるとされ、より深く御縁を結んでいただけます。
 期間中は御開帳大祭などの行事に加え、豊川稲荷御開帳のコンセプト「〜時代を超えて、縁を繋ぐ〜」に合わせ、「西元祐貴美術館」や襖絵プロジェクト「豊川 新鳥獣戯画」などの文化企画も予定されています。

● 豊川稲荷午年開帳 公式サイト


開催日:令和8年 2026年11月1日(日)~11月23日(月)
開催場所:豊川稲荷【圓福山妙厳寺】


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