旬のひと・もの・こと特集

第7回 ハレの日本料理

東京會館「八千代」 和食総料理長 
鈴木直登さん(2020.11.18)

【東京會館「八千代」】
東京都千代田区丸の内3-2-1

ホームページ

世界遺産にもなった和食の粋
おせち・節供料理を彩る「すり身」。

写真提供:東京會館「八千代」

日本の伝統、老舗の味を次代につなぎ、
日本の食文化と日本人の心を伝える料理人。

 2022年の創業100周年とさらなる100年に向けて、2019年1月にリニューアルオープンした東京・丸の内の<東京會舘>。1922年(大正11年)に、“世界に誇る施設ながらも誰でも気軽に利用できる人々の集う社交場”として誕生しました。

 皇居・二重橋を目の前に、帝国劇場と向かい合う本館は、皇室、政治家、財界人、芸能人も多く利用。各国からのゲストのための迎賓館としても十分なホスピタリティと風格を湛え、さらにスケールを増してリフレッシュしました。


 東京會舘といえば、日本のフランス料理界の礎を築いた『RESTAURANT PRUNIER』が有名ですが、日本料理『八千代』においても、歴代の“名人板長”が名を連ね、伝統を育んできました。
 現在は「現代の名工(平成25年)」「黄綬褒章(令和元年)」を授与された和食総調理長・鈴木直登氏が総指揮を執り、さらに6店舗の指導にもあたるなど、伝統の味を継承・提供し続けるとともに、その技術を伝えるべく後進の育成にも尽力されています。

 鈴木氏は、日本料理の伝統的技術と新食材や新技法の融和にも意欲的にチャレンジ。同時に一からすべて手作りでこしらえる正統のおせち料理や節句(節供)料理においても、書籍の執筆をはじめ料理教室の開催等、精力的に取り組まれています。

東京會舘 おせちと節句料理 
鈴木直登 著 2012/11 平凡社

○ 鈴木直登氏 プロフィール
1953年新潟県生まれ。1974年より東京會館『日本料理 八千代』に勤務。
「現代の名工・江戸の名工」として江戸料理の研究などでも活躍。
2012年、東京會舘創業90周年を記念し、『東京會舘 おせちと節句料理』を上梓。


 食への探究心を絶やすことなく、生産者の元へも積極的に足を運び、「現場」の声に熱心に耳を傾ける。そして、その成り立ちや環境にも目を向けつつ、新たな可能性や技を究める。そうした真摯な姿勢とまなざしは、若い料理人たちの大きな刺激や学びとなっていることでしょう。

“鉛は金に変わらない”その真髄を
生粋の日本料理をもって体現し、育む。

 GEN-Bの会では、発足当初から如水会館(東京會舘)での交流会において、鈴木氏にヤマサちくわの練りものを使った季節のお献立と、江戸料理についてのレクチャーを担当していただきました。

○ 第1回『豊・食・人 GEN-B』交流会

○ 第2回『豊・食・人 GEN-B』交流会


 ヤマサちくわの練りものを使い、伝統に倣った日本料理の献立に仕立てられたお料理は、いずれも素材の風味と個性が生かされ、“ほんもの”の味わいとその大切さを気づかせてくれるものでした。
 「鉛は金に変わらない」というヤマサちくわの基本精神は、素材の調達から吟味し、“ほんもの”の味を追求することを意味しています。機械化された「加工」ではなく、ひとの手の技と目利きによる「調理」。そうしたヤマサちくわのものづくりの理解者でもある鈴木氏について、「すり身」の定義と練りものへの活用やおせち料理についてお話を伺いました。

人に良いもの=「食」の原則は、
いまもむかしも安全であることが第一。

 ちくわ、蒲鉾、はんぺん、つみれ、しんじょ、伊達巻、さつま揚げ・・・私たちが口にするさまざまな種類の「練りもの」や「練り製品」は、魚肉からつくられます。主原料となるのが、「すり身」。原料魚は、主にエソ、キス、サメ、スケトウダラ(スケソウダラ)、イシモチ(グチ)、ニベ、ハモ、ムツ、イサキ、イトヨリダイなど。四方を海に囲まれた日本には、かつては各地で獲れる魚種によって、郷土色豊かな練りものがありました。

鈴木: 冷凍スケトウダラが普及して以来、全国同じ素材の練り製品が出回るようになりましたが、そもそもは「刺身」として食べていたものなんです。板わさはわさびをつけて醤油で食べますが、まさにそんな感じ。
 新鮮な地魚を美味しく保存できる方法としてすり身にしたのが始まりで、石などで荒く叩いて潰したものを、棒のようなものにつくねたわけです。昔から竹笹や柳などには抗菌、防腐作用があるとして、魚に刺したり包んだり。身近にあったものから先人が生み出した知恵のひとつですね。

 竹も繁殖力が強く身近にあるものとして、潰したすり身を竹の棒に巻いた形が蒲(がま)の穂に似ていたことから、「蒲鉾」と呼ばれるようになり、これが「竹輪」の起源に。
 鈴木氏は常々、「安全な食事をするための大原則は、何十年、何百年と食べ続けられてきたものを食べること」と提唱されていますが、古の先人たちこそ“食の安全”は“命に関わること”として、さまざまな工夫がされてきました。

鈴木: そうして棒に巻いた魚肉を、昔は立て串にして火で炙ったんです。そうすると多少身に毒素が含まれていても、溶液とともに流れ落ちてしまうため、人の体内に入っても致死量には至らず、中毒症状を避けられる。煮たものは毒もそのまま取り込んでしまいますから、それよりも立てて炙る方が安全と考えたのでしょう。現在のちくわの原型ですね。

祝いの膳やおせち料理にも登場
縁起物に見立てて彩りを添える「蒲鉾百珍」。

 「蒲鉾」が最初に文献に登場したのは、平安時代。祝宴料理献立(1115年)が記された『類聚雑要抄』には、串を刺した蒲鉾の絵と文字が載っています。また、室町時代の写本『食物服用之巻』(1504年)や、『摂戦実録大全 巻一』(1752年)中の豊臣秀頼の膳などに、板付きかまぼこの記述があることから、室町中期から安土桃山時代末期には、祝宴やもてなしなどの“ハレの料理”にて振る舞われていたことがうかがえます。


鈴木: 当時の白身の魚は上等なもの、蒲鉾もご馳走と考えられ、庶民や家庭の食卓には上がりませんでした。主に贈答品として、関東では折詰に必ず入れました。今でも皇室に献上する折詰には蒲鉾を入れます。  おせち(御節)料理には、元旦の日の出を表す御目出度いものとして紅白の蒲鉾を用いますね。縁起物の松や孔雀の飾り切りで華を添えたり。その他にも蒲鉾の上にすり身を重ねる有平蒲鉾や富士山を象った富士見蒲鉾など、料理人の技を生かしたさまざまな蒲鉾があります。
 蒲鉾の種類が多くなり、一般に売られるようになったのは、明治以降じゃないですか。庶民の結婚式では、高価な鯛の代わりに鯛を象った細工蒲鉾(飾り蒲鉾)が縁起物として出されたりした時代もありました。

 生のすり身から作る蒲鉾は、かく拌する、絞る、漉す・・・などキメの細かさも用途によってさまざま。昆布だしや砂糖、塩を少しずつ加えながらすり鉢で潰していきます。まな板の上に取り、包丁で板ずりをしながらなめらかさや硬さを調整。砂糖や塩が凝固剤の役目をします。
 おせち料理には、傷みやすい昆布だしの代わりに砂糖水を使うなど、完全無添加で仕上げるのが料理人の作る蒲鉾だそうです。

鈴木: 最近では、おせち料理を食べるのは元旦だけというご家庭が多く、消費期限も短くされてはいますが、私たち料理人にとっては「安心安全が第一」。昔ほど甘さや味も濃くはしませんが、それでも冷蔵庫で松の内は保つような仕込みを心がけています。

 「すり身」で思い浮かぶのが、ふわりとした淡雪のような舌触りの「白はんぺん」。ヤマサちくわでは、白身魚と山芋を使い、一枚一枚手作りでソフトに茹で上げます。生のままでも食べられますし、おでんに入れるとつゆをたっぷりとふくんで、これもまた寒い季節には格別です。

● 満月

● 白はんぺん

● 厚焼


● 旬の料理帖


鈴木: 場合によっては、すり身に白はんぺんをつなぎとして加えて使ったりもしますよ。手早く硬さを調整できたり、日保ちも長くなります。
 はんぺんのおいしさは、口の中に入れた時のふんわりとした食感。人間が枯れてくるとはんぺんとちくわぶが美味しく感じる、なんて言いますが(笑)、あたりさわりがないぶん、料理に加工しやすい。玉子焼きに入れれば、伊達巻のようにもなります。つゆにも合うので、椀種としても重宝します。醤油をひと刷毛塗って焼き、七味をかけるだけで格好の酒のつまみにもなりますよ。


● 半月

鈴木: 食感といえば、「蒲鉾と羊羹は薄く切っちゃいけない」と言いますが・・・どちらも食べた時に歯形がつくぐらいの厚みがおいしい。蒲鉾は、歯がバウンドして戻るような食感ではなく、歯がすっと入っていく「歯切れの良さ」が大切ですね。

ヤマサちくわの練り製品を手に、すり身やすり身を使った節句料理について語る鈴木総料理長。ちくわ、蒲鉾、半月、いわし玉、伊達巻など数点を選び、すぐさま厨房へ。

すり身をまな板の上で手早く扱い、若い料理人たちと連携し下ごしらえを進めていく。

 上層はカニ肉、下層の青のりの緑を生かし、<かにづくし>を使って、夫婦円満の縁起物「松葉」に。

焼き串で焦げ目をつけて・・・

いわしのすり身に人参・昆布を加えた<いわし玉>は、卵とチーズでピカタ風にアレンジ。お酒に合う彩りも華やかな一品に。

お祝いなどハレのお膳には、「結ぶ」仕事で花を添える。
料理人の知識、発想、センス、技が生かされる「見立て」と盛り付けも、日本料理ならではの真骨頂だ。

ヤマサちくわの定番商品を使って、あっという間に迎春の酒宴にぴったりの華やかでおめでたい三皿が完成!

「決め事」は、先人に育まれた知恵の結晶。
正式なおせちのしきたりを伝え継ぐ仕事。

 お正月のおせち料理には、さまざまな決め事があります。重箱は、四段重ねが正式で、格式によっては五段重ねもあります。五段目には予備の料理を入れてお客様には出さないもの、あるいは年神様からいただく福を詰める段として、空にしておくという風習もあります。

● 和食伝聞帖 「ハレ」の練りもの、いまむかし。



鈴木: 生活様式や家族のあり方が大きく変化し、近年では日本以外の国の料理を詰めたものや、一人用のおせちまでコンビニエンスストアで買える時代。元旦に家族や親族とおせちを食べ、一年の健康と福を祈念するという儀礼としての本来の意味合いが廃れ、グルメやファッションと同じような感覚になっているのかもしれません。
 おせちには、「決め事」がいろいろとあります。決まりではなく、先人が育んできた折詰の知恵や、総てに理由がある「しきたり」と言った方がいいでしょう。紅白の蒲鉾を入れるのもそのひとつ。関東では、四角い重箱の四隅からきっちりと詰めていくのが基本ですから、蒲鉾で柵取りをしたり、仕切りとしても使います。

鈴木: 彩りや味のバランス、接触部分にも気配りした取り合わせなど、正しい知識を持ち、それらをひとつひとつ守り、次世代へと伝え継いでいくことはとても大切なことです。
 とりわけおせちは、年に一度きりの特別な料理。毎日やれることではなく、私も人生でまだ四十数回しか経験していませんから(笑)。日本料理の料理人にとって、おせちづくりの仕事場に入れるということは、実に貴重な体験。今年はコロナ禍もありましたから、これまで以上に息災を願い、お客様がご家族揃って楽しんでいただけるよう東京會舘らしい伝統にのっとったおせち料理を心を込めてご用意しています。

 日本料理の総料理長として、鈴木氏が丹精を込めてつくる東京會舘のおせち料理は、何十年にもわたりご贔屓にしてくださるお客様への感謝の真心。それだけに、創意を凝らし手の込んだ「見立て」をはじめ、一品一品すべてに技の結晶ともいえる「仕事」をした料理を詰める。“ハレの料理”は、料理人が腕をふるうハレ舞台ともいえます。その真髄をぜひご賞味あれ。


● 東京會舘 謹製伝統のおせち 2021



● ヤマサちくわ オンラインショッピング


● 豊・食・人 GEN-B facebookページ


TOP